【特別インタビュー】田野畑村のおいしい!を育む「やまのひと。」〜山地酪農牛乳・吉塚公雄さん

酪農の未来、牛のこと、山地酪農について、語りだすと止まらなくなる田野畑山地酪農牛乳 株式会社・代表の吉塚公雄さん。酪農が盛んな田野畑村においても、ひときわ個性的で、凄いパッション(情熱)と行動力で理想の酪農業を探求しつづけています。何が氏をそこまで駆り立てるのか、目指す先に何があるのか、ご本人に訊きました。

yamachi1

今まで無理と言われていた急傾斜地で酪農ができる、そこが生産の場になる。それを証明できるのが「山地酪農」なんです

ー まず、山地酪農をご存知ない方には、この景色(上図)を見てもらうのが1番早いでしょうね。

百聞は一見に如かずという通り、いくら言葉で説明しても分からない、そもそも理屈では「そんなわけない」と否定してしまうものが、目の前にある。ふつうの酪農ではありえない絵になっています。
そして何より自慢なのが、種代を一銭もかけてないということ。採草地は別ですけど、放牧地に関しては全然お金をかけていない。時間はかけましたけど… そういう方針でやってきましたので。

ー 今回の台風でもほとんど被害がでなかったと聞きました。

はい。あれだけの大雨が降って、他所では崖崩れなどが起きて大変なことになってますけど、ビッシリ生えたシバのおかげで、この山は全然崩れたりしない。日本シバの凄さを改めて痛感しました。これだから「山地」酪農ができるんです。牧草地じゃ無理なんです。

もちろん、平地で酪農ができれば1番楽ですけど、日本は平地が少ない。7割以上が山地なんです。そして日本は水田王国でもあります。だから平地は田畑に譲る。でも今まで無理と言われていた急傾斜地で酪農ができる、そこが生産の場になる。それを証明できるのが「山地酪農」なんです。平地は田畑に譲る。傾斜地は任せなさい、と。これが故・猶原恭爾先生の思いなんです。

ー そういう話を学生の頃に聞いて、吉塚さんの中には最初からスッと入ってきたものなんですか?それまであり得ないと思われていたことを聞いて、そんなはずないとか、信じられないという思いはなかったんでしょうか?目の前にそんな牧場はなかったわけですよね?

はい、目の前にはなかったけれど、全国で実践されている方々がいました。先生の直弟子で、高知県の斉藤陽一さんとか。そういった方々を訪ね歩きました。高知県は台風が頻繁に来るところです。そんな土地の急傾斜地で山を開いて牧場をやっている。しかも土質が良いわけではない。それなのに見事な牧場ができている。「よーし俺もやってやる!」と思いました。

yamachi2

他にも群馬県とか石川県とかでやってらっしゃる方がいて、視察させてもらいました。そしたらみんな凄いんです。山だけじゃなくて、人が凄い。とにかく何にもへこたれることがなく、自分の道を進んでいる。大変な苦労をされているはずだけど、「自分たちの理想郷、山地酪農を築くんだ!」という思いで邁進している。

それで私は二十歳でこの道を志しました。もう大学も止めてね。気づいた以上、早い方が良いと思って。そしたら先生に止められまして…「学ぶべきときはしっかり学びなさい」と。それで、今は(エネルギーと知識を)貯めて、卒業後に一気に進んでいこうと決めました。「お父さんがなんで大学に入れてくれたかも考えなさい」とたしなめられました(苦笑)

出来ないと言ったら、できません。そういう思考回路では。「何がなんでもやる!」という若さゆえの馬力というか意思がないと。それは、人の縁を拓くことにつながるんです。

ー 今、吉塚さんのところには、学生たちが大勢、視察や研修に来ていますが、ご自身で多くの苦労も喜びも体験されてきた上で、そうした学生たちには何と言うことが多いのですか?ガンバレと後押ししてあげることが多いのか、あるいはやって欲しい気持ちはあれど、そんな簡単なことじゃないんだぞ、と言うことの方が多いのでしょうか?

まずね、僕の場合はもう居ても立ってもいられない、やりたくて、やりたくてしようがなかった。そりゃ、リスクを考えたらできません。農村を知っている父がいうように、「プロの方々がやってもうまくいかないのに、素人のお前になにが出来るんだ」と散々いわれました。そりゃリスクを考えたらその通りで、出来るわけがない。

今の教育は、まずリスクを先に考える。そして安全牌をふるという指導をしているように感じます。就職に関しては特にそうです。大企業志向は依然変わらないし、学校側は就職率100%を求めるから、安全な方、安全な方へ向いてしまう。親もそう。でも、そうしたところに本当の教育はないでしょう。

本当に子どものことを思うなら、子どもが将来にわたって生き伸びていくことに主眼を置いて、乱暴な言い方かもしれませんが、その子の持つ生命力を信じてブン投げておく教育もあるのではないでしょうか。「将来の日本はあんたの肩にかかっているんだよ」ということも必要でしょう。私のときは、そういうお手本が周りにありましたから。

yamachi5

今はそれがなく、見ず知らずの土地に、出来るか出来ないか分からない道を信じて飛びこむということは、なかなか出来ないようです。案外、女の子の方がそういう点では行動力があると感じます。ただ、女性が1人で山に入って開拓するのは、これは大変なことですよ。いろんな意味で危険ですし。それを女の子に望むのは、ちょっと酷だとは感じます。だから「男、しっかりしろ!」と思いますね。

「補助金はいくらまで出るんですか?」とか、「それじゃぁ出来ません」とか言うけど、出来ない言ったら、できません。そういう思考回路では。やっぱり「何がなんでもやる!」という若さ故の馬力というか意思がないと。それは山を拓くためだけじゃなく、人の縁を拓くということにつながるんです。

私利私欲でやってるわけじゃない、自分の夢と理想を追い求めて生きている。その姿があるからこそ、不思議と困ったときに周りに手を差し伸べてくれる人が現れるんです。先輩諸氏の話を聞いてもそうですし、自分自身の経験をふり返ってもそうでした。よくまぁ、本当に困っているときに助けてくれる人が現れたなぁ…と思います。人間社会の機微というかね。そんなことにもつながっているんでしょう。そうして肚をくくれば、熊が出ても、嵐が来てもなにも怖くない。「来るなら来い!」という気持ちです。

後編につづく

PAGE TOP